学校の沿革

明治7年8月12日

埼玉県師範学校内に附属小学校が開設された。(現在の岸町7丁目・東和銀行付近)

明治10年6月

浦和小学校(現在の高砂小学校)を附属小学校とし、児童を同校へ移し,教育実習が開始された。

明治12年5月

埼玉県師範学校内に附属小学校の校舎が建てられ,児童は師範学校にもどった。(現在の県立浦和図書館の敷地)浦和小学校を附属小学校とするのを廃止する。

明治19年5月

附属小学校を岸町の旧師範学校跡に移転した。

明治35年12月

校舎が鯛ヶ窪に新築されて移転。(現在の浦和中央消防署入口付近)

明治36年4月

埼玉県女子師範学校附属小学校が開設された。(現在の高砂小学校へ)

大正8年5月

女子師範学校附属小学校の校舎を別所に新築,移転した。(現在の附属中学校の位置)

昭和10年5月28日

埼玉県師範学校附属小学校を現在地(埼玉学園跡)に新築した。

昭和16年3月1日

埼玉県師範学校附属国民学校と埼玉県女子師範学校附属国民学校になった。

昭和18年4月9日

埼玉師範学校男子部附属国民学校と埼玉師範学校女子部附属国民学校になった。

昭和22年4月1日

男子部と女子部の両附属国民学校を合併し,埼玉師範学校附属小学校とした。また,同附属中学校も開校した。

昭和23年4月

現在の校章が使用されるようになった。

昭和24年4月

本館西方に小学校用3教室1棟を増築,校庭も拡張された。(校庭北側の県有地のおよそ1/2を借り受ける。)

昭和24年5月

埼玉大学の設置(埼玉師範,青年師範学校,浦和高等学校を併合)に伴い,埼玉大学附属小学校となった。

昭和24年

現在の校歌が作られ,歌われるようになった。(「輝く附属」は昭和27年に作られた。)

昭和26年4月1日

埼玉大学教育学部附属小学校となった。

昭和26年7月

水泳プールを竣工した。

昭和34年1月1日

本館南棟校舎(管理7室,特別教室4,普通教室7等)焼失。(講堂及び教育学部教室を再建までの教室にあてる。)

昭和34年3月

運動場北側を県道まで拡張した。

昭和35年10月24日

本館南棟校舎新築工事に着手した。

昭和36年5月

南棟校舎を竣工した。

昭和36年11月

北棟校舎および講堂(体育館)新築工事に着手した。

昭和37年6月10日

北棟校舎,講堂,幼稚園舎を竣工した。

昭和37年12月8日

校舎落成式を挙行した。

昭和41年3月28日

特殊学級独立棟を竣工した。

昭和42年11月20日

更衣室,倉庫が完成した。

昭和47年4月

特殊学級が養護学校小学部として独立した。

昭和50年1月

埼玉大学教育学部附属小学校開校百周年記念式典を挙行した。

昭和51年5月

養護学校跡棟を改築した。

昭和58年4月

附属幼稚園移転により園舎を改修,西校舎として使用するようになった。

昭和61年3月

夜間無人化になった。

昭和63年2月28日

埼玉大学教育学部附属小学校同窓会設立総会が開催された。

平成元年6月12日

新水泳プールを竣工した。

平成2年10月4日

新体育館(講堂)を竣工した、。

平成3年3月29日

校舎・教育実践研究指導センター新築工事に着手した。

平成4年3月25日

新校舎・教育実践研究指導センターを竣工した。

平成4年3月26日

旧校舎解体,環境整備に着手した。

平成4年9月30日

環境整備が完了した。(校庭完成)

平成4年11月15日

新校舎落成式を挙行した。

平成6年1月17日

焼窯庫が完成した。

平成7年11月1日

学校給食文部大臣表彰を受賞した。

平成11年8月1日

太陽光発電システムを設置した。

平成16年4月

国立大学法人化された。

平成17年3月

校庭を改修した。

平成21年8月

校庭を改修した。エアコンを設置した。

平成22年8月

校舎外壁塗装工事に着手した。

平成24年8月

校舎外壁塗装工事を竣工した。トイレを改修した。

平成25年10月

日本語検定文部科学大臣表彰を受賞した。

平成25年11月

優良PTA文部科学大臣表彰を受賞した。

平成26年8月

校庭を改修した。

平成28年4月

メディアコーナーを回収しスタディルームとした。

平成29年10月

日本語検定文部科学大臣表彰を受賞した。

平成30年10月

日本語検定文部科学大臣表彰を受賞した。

令和元年9月

体育館(講堂)にエアコンを設置した。
体育館(講堂)のトイレを改修した。

令和3年2月

GIGAスクール構想の実現に向け1人1台端末を整備した。